名古屋高等裁判所金沢支部 昭和56年(ネ)101号 判決 1982年5月10日
控訴人・附帯被控訴人(被告)
吉田忠雄
被控訴人・附帯控訴人(原告)
植野勲
主文
第一審原告の控訴を棄却する。
第一審被告の控訴に基づき原判決を次のとおり変更する。
第一審被告は第一審原告に対し金三一〇万一九七九円及び内金二七五万一九七九円に対する昭和五三年四月四日以降完済に至るまで、内金三五万円に対する昭和五六年六月二七日以降完済に至るまで、いずれも年五分の割合による金員を支払え。
第一審原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審を通じこれを三分し、その一を第一審被告の負担とし、その余を第一審原告の負担とする。
この判決は第三項に限り仮に執行することができる。
事実
第一審被告訴訟代理人は一〇一号事件につき「原判決中第一審被告の敗訴部分を取り消す。第一審原告の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも第一審原告の負担とする。」との判決を求め、一一七号事件につき「第一審原告の控訴を棄却する。控訴費用は第一審原告の負担とする。」との判決を求めた。
第一審原告訴訟代理人は、一〇一号事件につき「第一審被告の控訴を棄却する。控訴費用は第一審被告の負担とする。」との判決を求め、一一七号事件につき「原判決を次のとおり変更する。第一審被告は第一審原告に対し金七一六万五九七二円及びこれに対する昭和五三年四月四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。」との判決を求めた。
当事者双方の主張及び証拠関係は次のとおり附加、訂正するほか、原判決の事実摘示と同一であるからこれを引用する。
(第一審被告の主張)
一 第一審原告の主張する所得計算は合理的基礎を有しない。すなわち、近代的企業会計の慣行上期間損益の算定をなすにあたつては、複式簿記の原則に従い、整然、明瞭に現金出納帳、銀行勘定帳、売上帳、仕入帳、経費帳、固定資産台帳、総勘定元帳その他取引記録を仕訳した帳簿書類がなくして、適正な期間損益の算定は不能であるばかりでなく、通常会計期間とされる一年間未満の四か月分のみを単に売上、仕入金額から所得を算定しようとしても、期首商品繰越高、期末商品棚卸高が明確に実地調査された証左がない限り売上原価(期首商品繰越高+当期商品仕入高-期末商品棚卸高)すら算定できないことは勿論のこと殆んどすべての業種において季節変動による売上、仕入の偏向がみられるので到底四か月分のみの不完全な部分的取引記録によつて営業所得を算定することは経験則上許されないものと思料する。
二 仮りに、第一審原告に一日平均金一万四九二六円を下回らない純益があつたとすれば、第一審原告の年間所得は金五四七万二二九九円を超えることとなるにもかかわらず、受領したと思料される約一〇〇〇万円を超える損害賠償金を除外しては殆んどみるべき資産もなく、かつ、納税証明書等(乙第二八ないし第三二号証)と対比して所得金額に著しい乖離が認められる。
三 仮りに、第一審原告の所得が原判決認定のとおりであるとしても、第一審原告の妻加代子は経理その他内部事務一般を処理し、他に雇人も存在しない個人企業形態の自営業者として相当程度の寄与率を適用し妻加代子の所得として一部認定さるべきものである。
四 第一審原告の当審における主張を争う。
(第一審原告の主張)
一 第一審被告より昭和五五年二月二五日本件事故による損害賠償金の内金一八〇万円及びこれに対する昭和五三年四月四日から同五五年二月二三日まで民事法定利率年五分の割合による損害金一七万〇三八四円計金一九七万〇三八四円につき、福井地方法務局武生支局昭和五四年度金第三一五号をもつて弁済供託がなされたから、右金額につき請求を減縮する。
二 本件事故による第一審原告の傷害に基づく損害額の一割五分は本件事故と相当因果関係のないものであるとの原判決の認定は失当である。
1 前事故の後遺症は昭和五二年一〇月二二日に固定しており、その後の時たまの治療は風邪などひいたときに固定症状の部分が痛むためそれを除去する対症療法にすぎない。前事故による症状固定時期から本件事故までには一六四日間の時間的間隔があつたとみるべきである。
2 本件事故は、当時信号待ちで停止していた第一審原告車に、深酔状態の第一審被告の運転する車が猛烈な勢いで追突したのであるから、むち打ちの既往症の有無にかかわらず相当強度のむち打症状が新たに発生することは経験則上明らかである。したがつて既往症のあることを理由にその因果関係の一部を否定することは誤まりである。
3 原判決は等級表第一二級の労働能力喪失率の一応の目安が一四パーセントであることを挙げて一割五分の相当因果関係を否定しているようである。しかしながら、本件において第一審原告はなんら後遺症に基づく損害の請求はしていないのである。つまり、前事故に基づく後遺症は本件事故がなければ症状固定時より四年間の継続期間を経過した時点(昭和五六年一〇月)で終了していた筈である。しかるに、本件事故のため少くとも前事故の症状固定時状態まで回復するのに昭和五三年一二月末までを要したのであるから、本件事故のため右固定症状の終了は昭和五七年末まで一年二か月以上延引したことになる。もし原判決が右の理由で一割五分を排斥したとすれば、当然第一審原告は一年二か月分に相当する後遺症補償の請求ができる理である。したがつて、原判決の理由が正当であるとすれば、第一審原告は右一割五分相当額の金員を後遺症損害金として予備的に請求する。
4 第一審原告はミシン、編機等の販売を業とするものであるから、休業損害額の算定については一般の肉体労働者と同じように労働能力喪失率一四パーセントが当然に適用されるものではない。
5 また、第一審原告は昭和五二年一〇月二二日に前事故の症状は固定していてその後の対症治療にはほとんど治療費を要していないのである。したがつて、本件事故がなければ入院治療の必要は全くなく、そのうえ金一五三万〇五七一円にのぼる治療費及び金六万九〇〇〇円の入院雑費等の支出など経験則上考えられないところである。これら治療費などはすべて第一審原告が支払つており、第一審被告は第一審原告のたび重なる懇願にもかかわらず自賠責保険以外には全くその支払に応じなかつたものであるが、これらの積極損害のすべてを被害者たる第一審原告に負わせることは著しく社会公平の理念に反するものといわねばならない。
三 第一審原告の休業損害につき、一日平均の純益額は第一審原告が修正申告した所得税青色申告決算書(甲第一九号証の二)により試算すると、金二万六三七〇円となる。原判決は第一審原告の昭和五二年一月ないし四月までの一二〇日間の所得額を右決算書(甲第一九号証の二)のとおり修正することを相当と認めながら、売上金額の修正に対応して甲第一九号証の二の仕入金額にも預り機出荷分の仕入価額合計額を加算するのが相当である旨認定しているが、右預り機出荷分は当初申告(甲第六号証)のときより既に仕入金額中に加算されており、甲第一九号証の二の仕入欄にも記載されている。そして、右計算方法により算出された第一審原告の業務上の荒利益は、昭和五一年において約三二パーセント、昭和五二年において約三三パーセントであるが、このことは小売価額表(甲第一四ないし第一六号証)と仕入帳(甲第八、第九号証)とを対比すると、約三五パーセントの利益のあることに相応するものであることがわかるのである。
四 第一審被告は積極損害である治療費すら支払わず、自賠責保険金以外の超過分はすべて第一審原告が負担してきたのである。また、第一審被告は刑事裁判の法廷において「とりあえず金一八〇万円を供託したが、民事判決が出れば判決のとおりすべて支払う」旨陳述し、刑の執行猶予の判決を得ておきながら、民事判決に対し直ちに本件控訴に及び刑事裁判官の思情を裏切つている。そのうえ、第一審被告は第一審原告の資産状況や居住環境をあげつらい、加えて度重なるこれまでの不運な交通事故を必要以上にせんさくして第一審原告の人格を誹謗するかのごとき挙に出ている。
しかしながら、第一審原告はもとブラザーミシン販売株式会社の優秀な販売員として飛躍的な成績を挙げ、その後独立するやその独特なアイデアで得意先を開拓して一層の高収益を挙げてきたものである。第一審原告はこれまで不運な交通事故を重ねているが、なんら好きこのんで事故に遭遇したものではない。第一審原告自身は現在一五年間以上に亘つて無事故無違反を誇るマナー正しきドライバーである。
五 第一審被告の当審における主張を争う。
(証拠関係)〔略〕
理由
本件事故の発生及び第一審被告の責任、第一審原告の受傷及び本件事故との因果関係についての当裁判所の認定判断は原判決理由一、二に説示するところと同一であるからこれを引用する。(ただし、原判決一〇枚目裏六行目に「傷害」とあるのを「損害」と訂正する。)
第一審原告は「1第一審被告の前事故による症状固定時期から本事故までには一六四日間の時間的間隔があつたとみるべきである。2むち打ちの既往症の有無にかかわらず本件事故により相当強度のむち打ち症状が新たに発生することは経験則上明らかである。3第一審原告は本件において後遺症に基づく請求をしていない。4ミシン、編機の販売を業とする第一審原告には労働能力喪失率一四パーセントは当然に適用されない。5前事故の症状は固定していてその後の対症治療にはほとんど治療費を要していない。」ことを理由に損害額の一割五分につき本件事故と相当因果関係のないものであるとの原判決の認定を非難する。しかしながら第一審原告の右主張を勘案し、当審における新たな立証を斟酌しても、前記引用の原判決の認定説示は、相当であるというべく、第一審原告の右主張は採用できない。
この点について、第一審原告は後遺症損害金として予備的に右一割五分に相当する金員を請求すると主張するが、本件事故による症状の固定が昭和五三年一二月三一日までを要し、固定症状の終了が一年二か月以上延引したのは、本件事故前の受傷(主として前事故による受傷)が基盤的ないし拡大的要素として影響を与えているものと推測されることは前示(原判決理由引用)のとおりであつて、一割五分に相当する金員が後遺症損害金と認むべき証拠はないから、第一審原告の予備的請求原因も理由がなく採用できない。
次に、損害額に関する当裁判所の認定判断も原判決理由三と同一であるからここにこれを引用する。
第一審被告は、第一審原告の主張する所得計算に合理的基礎を有しないなど前記事実欄一ないし三のとおり主張するが、原審並びに当審にあらわれた各証拠に弁論の全趣旨を勘案すると、前記認定の損害額(原判決理由引用)は相当であつて、第一審被告の非難は当らないというべきである(第一審原告の妻加代子の寄与分については、専従者給与のほかにこれを認めるに足る証拠はない。)。
なお、第一審原告は休業損害につき一日平均の純益額を金二万六三七〇円と主張するが、措信しがたい第一審原告の原審並びに当審における供述をのぞいては、第一審原告の前記事実欄記載の主張事実を認めがたいから、第一審原告の右主張は失当というべきである。
ところで、第一審原告が当審において第一審被告の弁済供託した合計金一九七万〇三八四円につき請求を減縮したことは本件記録上明らかである。
以上の次第で、第一審原告の第一審被告に対する本訴請求は損害合計金六〇七万二三六三円から自賠責保険金一〇〇万円を控除し、更に右減縮した金額を控除した金三一〇万一九七九円、及び弁護士費用を除く内金二七五万一九七九円について本件事故発生の日の翌日である昭和五三年四月四日から、弁護士費用金三五万円については原判決言渡の日の翌日であること記録上明らかな昭和五六年六月二七日(弁護士費用の遅延損害金の起算日は原判決言渡の日の翌日と解するのが相当である。)以降各完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度でこれを認容し、その余は失当として棄却すべきである。
よつて、第一審原告の控訴は理由がないからこれを棄却し、第一審被告の控訴に基づき原判決を主文のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九二条、八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 黒木美朝 松村恒 川端浩)